2012年2月11日土曜日

動物名考(14) ウサギ

ウサギ


ウサギはもともと「ウ」だったのだそうです.古事記の“因幡の白兎”には「裸菟伏也(はだかなる「う」ふせり)」とあるので,古代には「う」と呼ばれていたのだろうと推測されています(中村浩「動物名の由来」).しかし,その「う」がなにを意味していたのかは,すでに失われてしまってわからないそうです.
ところで,「因幡の白兎」は,なんで「白兎」なんでしょうね.私たちは,「カイウサギ」を普通に見ていますから「白兎」を普通に思っていますけど,野生のウサギは褐色であり(降雪地域では冬期間,冬毛=白になるものもある),古代に白兎が普通にいたとは思えないのです.つまり,「白」であることは,なんかの意味がある.

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旭山動物園で展示されているウサギ類で,農協キャラに使われているウサギには「エゾユキウサギ」と「カイウサギ」がいます.
ちょっと,話が錯綜するので,先にウサギ科以上の上位分類から.

ordo: LAGOMORPHA Brandt, 1855[兎型類]
 familia: LEPORIDAE Fischer, 1817[ウサギ科]

と,まあ,実に簡単.DNA分析が進めば,亜科とか族とかに細分され,関係がもっとはっきりするのでしょうけど,現在のところは,ウサギ科という大家族におさまっています.

さて,LAGOMORPHAはlago-morphaという構造です.
lago-は,ギリシャ語の[ὁ λαγός]=《男》「ウサギ」が,ラテン語の《合成前綴》化したもの.
-morphaは,(なんどもでてきますが)ギリシャ語の「モルプェー[ἡ μορφή]」=《女》「形」が,ラテン語の《合成後綴》したものです.この場合は「~様のものども《中複》」という意味です.
合わせて,「ウサギ様のものども」=「兎形類」です.

一方,LEPORIDAEはlepor-idaeという構造で,lepor-は,ラテン語のlepus, leporis =「ウサギ」が,《合成前綴》化したものです.つまりは「ウサギ科」.
lepusはギリシャ語の語源をもつようなのですが,辞典の記述が曖昧なので,不詳.


ついでに書いておくと,日本に住んでいるLAGOMORPHAの科は,ほかにfamilia: OCHOTONIDAE Thomas, 1897があります(います?).
これに属しているのは,ご存じ「ナキウサギ」.ただ,ナキウサギは飼育が不可能なので,動物園キャラにはなりっこないですね.

ordo: LAGOMORPHA Brandt, 1855[兎型類]
 familia: OCHOTONIDAE Thomas, 1897[ナキウサギ科]
  genus: Ochotona Link, 1795 [type: Ochotona minor Link, 1795 (= Lepus dauuricus Pallas, 1776)]
   Ochotona hyperborea (Pallas, 1811) [キタナキウサギ; Northern Pika]
    Ochotona hyperborea yesoensis Kishida, 1930 [エゾナキウサギ; Yezo Pika]

亜種yesoensisは認めないのが普通ですが,一応示しておきます.
なお,yesoensisyezoensisの誤記.北海道の古名=「蝦夷」はezo, yezo, emisi, ebisuなどの変異はありますが,yesoというのはありません.

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ユキウサギ


Lepus timidus Linnaeus, 1758


[Mountain hare]


エゾユキウサギ


Lepus timidus ainu Barrett-Hamilton, 1900


[Yezo hare]



まずは「エゾユキウサギ」について.ちょっと,微妙ですが.
エゾユキウサギの学名はLepus timidus ainu Barrett-Hamilton, 1900とされているのが一般的です.だだし,これは亜種を認める立場.
亜種に意味があるかないかは,いつも議論になります.まあ,ほとんど「ない」のでしょうけど.そうすると,分類学的には「エゾユキウサギ」という言葉は無意味になります.大陸のユキウサギと同一種ですから.
ちなみに,和俗語では「ユキウサギ」ですが,英俗名は「ヤマウサギ[Mountain hare]」で,こちらのほうが言葉としては正確.なぜなら,草原から森林まで広い環境に住みますけど,どちらかというと山地を好むからです.
一方,ブラキストンラインをはさんで南側の日本には,下記のニホンノウサギ(「日本の兎」ではなく「日本野兎」)が住んでいます.困ったことに「野兎」なのに,こちらも草原よりは「山地」を好む((^^;).ま,もっとも,北海道ならともかく,本州には,そう,草原なんかないでしょうけどね.

種名のtimidusは,ラテン語の形容詞「臆病な」です.したがって,ヤマウサギは「臆病なウサギ」.でも,かれらは臆病というよりは「慎重」なんだともいます.野兎を飼ったことがありますけど,カイウサギより懐いて大胆でしたよ.

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ニホンノウサギ


Lepus brachyurus Temminck, 1844


[Japanese hare]


こちらは,北海道にはいない本州以南のウサギ.二種は典型的なブラキストン=ライン指示種ということですか.

種名brachyurusは,brachy-urusという構造です.
brachy-は,ギリシャ語の[βραχύς]=「短い」が,ラテン語の《合成前綴》化したもの.
-urusは,ギリシャ語の[ἡ οὐρᾱ]=《女》「尻尾」が,ラテン語の《合成後綴》化したもので,この場合は《形容詞》です.
合わせて,「短い尾の」という意味.しかし,「長い尾のウサギ」っているのだろうか…((^^;).

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アナウサギ


Oryctolagus cuniculus (Linnaeus, 1758)


[European rabbit]


カイウサギ


Oryctolagus cuniculus (Linnaeus, 1758)


Oryctolagus cuniculus f. domesticus (Gmelin, 1778)


Oryctolagus cuniculus ver. domesticus (Gmelin, 1778)


[Domestic rabbit]


こちらはいわゆる“移入種”.
原産地はヨーロッパおよびアフリカ北部のもの.野生種は「アナウサギ」ですが,飼育されて品種が増えたものを「カイウサギ」としています.
domesticusの前に,f.とかvar.が入っている場合があるかもしれません.この場合の f. は formaの略で「品種」のこと.var.はvarietasの略で「変種」を意味します.

属名Oryctolagusは, orycto-lagusという構造で,「掘られた穴の」+「~ウサギ」という意味です.つまり,和俗名「アナウサギ」は,この学名からきていることになります.

cuniculusは,ギリシャ語の[ὁ κύνικλος]=《男》「地下道,穴;ウサギ」をラテン語綴り化したもの.-culus, -ulusは《縮小詞》としてよく使われる語尾ですが,だからといってcuni- [κύνι-], cunic- [κύνικ-]に「なにか意味がある」と書かれていある辞書も無いので,別に「小さな(なにか)」を示しているのではないようです.
ただし,ギリシャ語の[κυνικός]は「イヌ様の」という意味ですので,これだとすれば,「小さなイヌ様の」の意味.ただし,通常のラテン語綴り化ではcynicosになってしまいます.したがって,cyniculusという綴りになるはず.

でも,「地下道,穴」と「ウサギ」が同じ意味だとは,なにか謂われがありそうです.もちろん,「穴を掘るもの」>「ウサギ」という関係は明らかですけどね.

亜種名domesticusは,domes-ticusという構造です.
domes-は,ラテン語の「ドムス[domus]」=「家,家庭」が《合成前綴》化したもの.
-ticusは,形容詞化語尾の一つですが,「所有,従属」関係を示すものとされています.
したがって,「家庭(のもの)の;国内の;その土地産の」という意味です.飼育種には,種名,亜種名に頻繁に使われる名前です.

前記したように,このウサギは家畜として輸入されたものですが,各地で野生化し,名前の通り穴を掘って生活するので,そのために起きる土壌流出が深刻化し,害獣扱いされています.
 

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